秋田地方裁判所 平成5年(ワ)516号 判決 1997年1月28日
主文
一 本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。
二 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金六〇万円及びこれに対する平成八年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
理由
第一 本訴について
一 原告は、被告は、九月三日の朝、新横浜プリンスホテルの原告の部屋において、原告に対し、原告の二の腕を強い力でつかみ、原告の体を被告に引き寄せてベッドに押し倒し、衣服の上から原告の胸などを触り、被告の下腹部を原告の下腹部に押しつけるなどの強制わいせつ行為をしたと主張し、原告本人は、これに沿う供述をするのに対し、被告は、原告の日頃の仕事に対する協力への感謝と励ましの気持ちを伝えるつもりで、原告の肩に軽く両手をかけたにすぎないと主張し、被告本人は、これに沿う供述をする。
原告と被告は、わいせつ行為の有無に関し、右のとおり、正反対の供述をしているが、右行為は、ホテルの一室で行なわれたものであって目撃者もいないことから、被告の原告に対する強制わいせつ行為が認められるか否かは、右両供述の信用性の優劣に係ることになる。
二 九月三日朝のホテルの原告の部屋における出来事(以下「本件事件」ということがある。)について、原告及び被告がそれぞれ供述する内容の要旨は次のとおりである。
1 原告
原告は、入浴中の午前七時すぎころ、被告から八時にチェックアウトする旨の電話連絡を受けた。
急いで身支度を整え、荷物を整理していると、午前七時半すぎころ、被告が突然原告の部屋を訪れ、「ちょっといい。」と言って部屋を覗いた。「ちょっと待って下さい。」と言って、急ぎ下着類、衣服をブラウスに包んで一つにまとめて椅子の上に寄せてから、被告を部屋に通した。
被告は、部屋に入ってきて、テレビの置いてあるところ付近で立ち止まり、原告は、その後ろについて歩いて行き、ベッド脇で立ち止まった。
被告は、向きを変えて、「えーと」「うーん、何て言ったらいいか。」と言いながら、口ごもっていたが、いきなり、原告の両方の二の腕を強い力でつかみ、原告の体を被告に引き寄せてから、覆い被さるような格好で原告をベッドに押し倒した。
被告は、原告をベッド上に押し倒した後、衣服の上から、乳房とか、ブラウスのボタン辺りとかを次々と触り、太ももの内側の肉をぎゅっとつかんだ。これに対し、原告は、手を伸ばして、被告の手をつかんで、止めさせようと思ったけれども、被告の手が汚らしく感じられて、手を引っ込めた。
その後、被告は、胸を触り、被告の下腹部を原告の下腹部に押しつけてきた。
さらに、被告は、手で原告の両肩のあたりを押さえつけ、これに対し、原告は、被告の手や胸や腹部を手で押して抵抗した。
原告は、上体を押さえつけられて、両手で抵抗しながら、必死の思いで、被告から逃れようともがいているうちに、ベッド左側の床に転げ落ち、急いでテーブル(ライテング・デスク)の向こう側に回った。
被告が追いかけてくるような気配がなかったので、黙って立っていると、被告が「えー」とか「うーん」とか「僕の言いたいことはだね。」などと口ごもっていたので、被告に「つまり、だれにも言うなってことですか。」と言うと、被告は、「そう、そういうことなんだよ。」と言った。
被告から、両方の指で四角い形を作って「これ、これある。」と言われたので、カウンターの上にあったショルダーバッグのところまで歩いて行き、紙片を取り出し、小さく折り畳んであったので広げて見せた。被告が違うというジェスチャーをしたので、別の紙片を取り出して、これを被告に手渡した。
被告は、「じゃ、八時に下で待っているから。」と言って、部屋から出た。原告は、しばらく呆然としていたが、時計に目をやると午前八時近くになっていたので、急いで荷物をバッグに詰め込み、部屋を出た。
2 被告
被告は、午前七時半すぎ、原告に電話をして、午前八時にチェックアウトをするので、遅れないように連絡した。
被告は、ホテルをチェックアウトする際、原告がふだん遅れぎみなことを知っていたので、先に宿泊確認書(お預かり証)を原告から受け取ってロビーで精算をすませておきたいと考え、また、前夜及び前々夜に築いたと思った信頼関係に喜びを感じていたので、感謝と励ましの気持ちを伝えたいと考えて、荷物を持って、チェックアウト直前の午前七時五〇分ころに原告の部屋を訪れた。
「ちょっと、いいですか。」という趣旨のことを言うと、しばらく待たされてドアが開いたので、部屋に入った。チェックアウト間際であったので、特に密室に入るという感覚はほとんどなかったうえ、荷物(ショルダーバッグ)を持って廊下に立っていると人が通るのに邪魔になると思った。
被告は、姿見のところまで行って荷物を置き、原告は、CCTVの前に立った。ベッド上には、衣類とか荷物が置いてあった。
被告は、「早く精算を済ませたいので。」と言って、手で形を示しながら説明して、原告から宿泊確認書(お預かり証)を受け取った。
被告は、前夜及び前々夜に築いたと思った信頼関係に喜びを感じていたので、原告の日頃の仕事に対する協力への感謝と励ましの気持ちを伝えようと思ったが、その気持ちがうまく言い出せないで、口ごもりながら原告の肩に軽く両手をかけた。
これに対し、原告は、少し驚いた様子で横に身を引いた。被告は、誤解されたことに気づき、その誤解を解くために説明しようとしたが、説明しても弁解になるだけだと考えて、「いやいや違うんだ。」とだけ言って原告の肩から手を放した。
被告は、遅れないようにとの趣旨のことを述べて、荷物を持って部屋を出た。
三 《証拠略》によれば、本件事件の前後の事実経過について、次の事実が認められる。
1 被告は、丁原大の附属施設である生工研の教授である。被告が教授を勤める植物遺伝子工学研究室には、教授、助教授、講師の教官三名、流動研究員一名、研究補助員四名(テクニシャン二名、臨時職員二名)がいた。テクニシャンと呼ばれる研究補助員は、丙川県知事から嘱託を受けた特別職非常勤の職員であり、一年毎に雇用が更新され、その職務内容は、教授ら研究者の研究を現場で補佐し、研究者の研究計画に基づき実験の一部を行なう技術的色彩の濃い職員である。
原告は、昭和二七年一二月一七日生れの女性であり、昭和五二年一二月に結婚し、二人の子がいる。原告は、平成二年三月一日に研究補助員(テクニシャン)として採用され、植物遺伝子工学研究室に配属された。当初は、同研究室の丙田講師についたが、同研究室のテクニシャン二名を教授、助教授につけることになり、平成三年一月から被告の研究補助員として勤務するようになった。
2 原告は、被告が女性蔑視、研究補助員を軽視する言動が目立つとして、また、自分を強引な形で丙田講師から被告への配置替えをしたとして、被告に対し、不信感を抱いていた。
原告は、いつ辞めさせられるかわからないという不安を抱き、周囲に洩らしていたが、丁原大畜産科の丁野助教授に仕事上の不満、被告に対する不信を打ち明けていた。
生工研所長甲川夏夫(以下「甲川所長」という。)は、平成五年七月末、右助教授から、「繰り返しの仕事をさせられている。」「仕事を十分にさせてもらえない。スポイルされている。」との原告の不満を聞かされて、原告と被告との信頼関係が欠けているとの印象を持ち、右助教授から聞いた話の内容を被告に伝えた。
3 被告、原告及び流動研究員の戊田は、平成五年八月二八日から九月三日まで開催された第一五回国際植物科学会議に参加した。被告及び訴外戊田は、八月三一日夜丙川を寝台特急で出発した。原告は、被告から往復乗車券と寝台券を手渡されたが、男性二人と一緒に寝台車で行くことに抵抗を感じ、別の列車の指定席に変更し、九月一日丙川を出発し、同日午後横浜に到着した。横浜での宿泊先は新横浜プリンスホテルであった。
同月一日の学会が終わり、夕食をとった後、被告は、甲川所長から話を聞いて原告と時間をかけて話し合う必要を感じていたので、原告を誘って、ホテル近くの居酒屋で話をし、さらに、居酒屋閉店後、午後一一時すぎから午前〇時半ころまで、ホテルの被告の部屋でビールを飲みながら話をした。被告は、原告の仕事上の悩みを聞くつもりであったが、原告が研究補助員としての身分が不安定であることの不安を訴えたため、その不安を解消するような説明をし、その際には、研究室内部の研究者間の対立状況などにも話が及んだ。
翌二日の夜は、原告、被告、戊田及び戊田の友人の四人で居酒屋で食事をした後、原告と被告は、午前九時半ころから、被告の部屋で話し合い、丁原大が四年制大学に昇格すること、その場合の生工研の扱い等にも話題が及んだ。
4 九月三日朝、被告は、原告及び戊田に電話をし、午前八時にチェックアウトする旨を連絡した。被告は、宿泊確認書(お預かり証)の「お預かり金がある場合は会計の際、このお預かり証をご提示ください。」との記載を見て、会計の際に宿泊確認書(お預かり証)を提示しなければならないと考えていた。
そして、被告が、原告の部屋を訪れて、原告に対し、原告主張のような強制わいせつ行為に及んだかについて、原告と被告がまったく正反対の供述をしていることは、前記二のとおりである。
被告は、原告の部屋を出てから、そのままフロントに行き、午前七時五七分に精算をすませた。原告は、ほぼ時間どおりにロビーに降りてきた。
原告、被告及び戊田は、新横浜駅で一緒に食事をとり、午前九時から始まる講演を聞くため学会場に向かった。三人は、午後〇時ころまで学会場にいて、一緒に昼食をとった。
その後、原告は、被告及び戊田と桜木町で別れ、観光目的で鎌倉と江ノ島に行って、その夜の上野駅発寝台特急で翌朝帰丙した。
5 原告は、九月五日朝、友人に電話をかけて、「乙山先生に横浜で変なことをされかけた。でも、ちゃんと逃げたから。」と打ち明けた。
原告は、同月六日、出勤したが、被告とほとんど口を聞かず、丁野助教授に変なことをされたと洩らした。
被告は、同月六日か七日ころ、横浜での行為について、「日頃の仕事に対する協力への感謝と励ましの気持ちを伝えたかった。」「仕事をさせるだけのロボットじゃなく、人間として認めてあげたいと思った。人間としても、女性としても、非常に魅力的であるということを伝えたかった。」「これまでにも、あのようなことはしたことがなかったし、これからも、もう絶対にしない。それは、これから先の僕を見ていてくれればわかってもらえるはずだ」と弁明した。これに対し、原告は、被告の言い訳であるとしても、「まるで近親相姦じゃないですか」と非難し、「少し時間を下さい。」と返答した。
6 原告は、九月中旬ころ、被告に「辞めたいです。」と述べ、原告と被告とのやりとりの中で、原告は、翌年の三月一杯で退職し、被告は、原告が希望した正規の研究職ポストを探すことになった。原告は、被告に対し、仕事に協力することを約束し、以後三週間余りは従前どおりに仕事上の関係が維持されていた。
その間、被告は、九月二一日に戊山株式会社、九月二九日に甲山株式会社、一〇月一六日に乙川商店のそれぞれの責任者に対し、原告の就職を相談したが、いずれも不調に終わった。
被告は、同月二八日、戊山株式会社の代表者丙原冬夫に対し、励ましの気持ちで肩に手をかけたら誤解されて、謝ったけれども、生工研をやめて他に就職したいと要求されていると、原告の就職を依頼する事情を説明した。
7 原告は、一〇月六日、被告に対し、被告が作成中の学術論文の著者名に、辞職した同研究室の研究補助員の名前を入れるように要望したが、被告は、論文に誰の名前を入れるかは研究補助員の権限外のことであるとして、原告の要望を受け入れなかった。
これに対し、原告は、感情的になって、「丁田さんの名前があるのはへんじゃないですか。」「あなたは、人が納得できないことを平気でやるから、いつも周囲と摩擦をおこすんじゃありませんか。」「甲原さんの名前を入れることができないのなら、私の名前も削ってください。」「(丁田と戊田の名前を指差して)こんなものと一緒にされるんだったら、人生の汚点です。」と言った。
その後、原告は、仕事に非協力的態度をとるようになった。
8 原告は、一〇月一九日から仕事を休み、同日、被告に対し、電話で謝罪を求め、被告との会話内容を録音した。その後、雑誌「KEN」の記者に対し、右会話内容を録音したテープを提供し、雑誌「KEN」平成五年一二月号(同年一二月一日発行)に、右テープの一部を録音反訳したもの(以下「本件録音反訳」という。)が掲載された。
本件録音反訳には、被告の原告に対する強制わいせつ行為の態様自体に触れた記載はないが、その時の原告と被告間の会話内容として、次のような記載がされている。
(一) 被告……(前略)……
ある所から話を聞いて、オタクがいろいろ悩んでいるというんでその話は二日間かけてやった。理解してもらえたというんでボクも非常に嬉しかった。ビジネスだけで仕事させているんじゃなく、人間的にも期待しているし、それをまあ表わしたかったのが、横浜でちょっと……。表現の仕方は違っていたかもしれないけど、気持ちとしては端的に言えば親愛の情でそれを示したかった。ただ、オタクのほうのとらえ方はいろいろあると思う。
………(中略)………
原告 私としては、私が一番傷ついていることに対してもっと誠意を持って謝って欲しんです。
被告 えっ、ウン、謝るという言い方もあれだけど、気持ちの表わし方としてはさっきも言ったけど、そういうレベルの話じゃないと、ボクは思うの。とらえ方の問題はあるけど……。
原告 どうしてですか、場所が場所じゃないですか。ホテルの個室でしょう。親愛の表わすことが後ろめたいことでなければ、大衆の面前でできることじゃないですか。
被告 だからね、その表現の仕方については問題があった。とあんたにも言った。
……(後略)……
(二) 被告 ……(前略)……
問題はそのことだけについて謝れというんなら、それなりの仕方というのは考えていた。その解答の仕方は、これからの行動を見てくれというのと、あんたから「一緒にやれないから仕事を探してくれ」と言うんで、それで今まで一カ月半やってきて………。
原告 それは、あれでしょう、私が仕事を探してくれと言うよりは、私が変なことをしゃべって歩かないように口止めの策として今以上にいい仕事を世話した方がいいんじゃないかと、先生の方でもそう考えたんだと思うんですよね。
被告 当然でしょうね。それは、後で出てくる話がどんなことかによっては事態が全然違ってくるからね。ただ、恐れたというよりも出る所へ出たらしょうがないと思って開き直っているけれど……。
原告 私がそういうことはできない立場だっていうことは、よくご存知じゃないですか? もし、世間に変なウワサがあれば夫もいるし子供もいるし……。誰にも言えない弱い立場だとわかっているんでしょう。
被告 解決の仕方として、オタクがここで一緒にやれないと言うんだったら、どこかいい所探すというのがボクの最大限の誠意だ。
……(後略)……
(三) 原告 ……(前略)……
仮に、乙山先生の奥さんが働いていてその上司に魅力的だといわれたからといって、ご主人としてどう思います? まして、妻の身体に指一本でも触れられたら逆上するのが夫じゃないですか。
被告 いやー、だからそれは…。その話は今あんたとやってもしょうがないから……。
原告 当たり前のことを当たり前としてわかっている人でなければ、そういう上司の元でなければ働けないでしょう。女性として魅力的であれば何をしてもいいとか、体に触っていいとか、そういう考えを持っている上司の下でどうやって働けるんですか。
被告 そういう気持ちで接してはいなかった、と思っている。
(四) 被告 ただね、オタクがどう解釈するかしらないけど、変なことをねらっていたわけではないし、最初から計画していたのでもない。ただ、表わし方として表現の仕方が悪かったことは認める。
原告 じゃあ、衝動的にですか。
9 原告は、一〇月二一日、丙川県農政部長、丙川県農政部農業技術開発課長、丁原大学長、丁原大事務局長、生工研甲川所長、丁原大乙原教授に対し、被害者である原告が職を辞するという不利益を受けるのに被告に社会的制裁がないというのはおかしなことであり、被告に対する社会的制裁を求めるとの内容の手紙を送った。
右手紙には、強制わいせつ行為について、「いきなり暴力的に抱き着いて参りました。その後の記憶はかなり断片的でありますが、とにかく必死の思いで逃げ回りました。」「先生は私が示した抵抗にようやく諦めた後もしばらく部屋におられましたが、このことは口外しないようにと、言い置いて部屋を出られました。」と記載されていた。
10 原告は、一〇月二七日、丁原大事務局長と交渉し、被告の免職を求めるとともに支援組織のあることを告げて、「らちがあかなければ次のステップに移る。」「一般の人たちや学生たちの意見を求めるような形でこれからやっていく。」「私の支援グループは、マスコミを使ってでも訴えると言っている。」などと述べた。
原告は、一一月一日、丁原大事務局長と電話し、学長との話合いを要求し、翌二日、学長と交渉し、今後は「外部の組織を通して話合いをさせていただきます。」と通告した。
被告は、右同日、文書配付禁止等の仮処分を申し立てた。
なお、原告は、一〇月二七日の丁原大事務局長との交渉で、同じ研究室の他の研究員の下に配属されることを希望し、現在は、戊野助教授の研究補助員として勤務している。
四 原告及び被告の各供述内容の評価
1 原告の供述内容について
(一) 被告は、新横浜プリンスホテルで被告の妻を原告と見立てて、原告の供述内容を再現した結果に基づいて、原告が供述するような強制わいせつ行為の態様は、実行不可能か、著しく実行困難なものであると述べる。
被告が実施した再現結果が原告が供述する強制わいせつ行為の態様をそのまま再現したものであるとすれば、原告が供述する強制わいせつ行為の態様は、不自然であるということができないではない。しかしながら、原告は、目を閉じていたため、ベッドに押し倒された後の被告の態勢については、わからないと供述しているのであり、そのため、被告が実施した再現結果は、原告の供述では不明な被告の態勢を推測に基づいて補ったうえで再現されたものであり、原告が供述する強制わいせつ行為の態様をそのまま忠実に再現したものであるとは認められない。
ただし、強制わいせつ行為の態様についての原告の供述内容は、右のとおり、強制わいせつ行為の態様の合理性を判断するに十分な内容のものではないから、少なくとも、その供述自体で信用性を付与できるだけの具体性、詳細性、合理性を備えたものではないということはできる。
(二) また、被告は、原告が本件事件の直後に友人等に話していた内容や大学関係者らに宛てた手紙中の被告の行為に関する記述の内容と、原告作成の報告書及び原告本人尋問の結果の内容とでは、暴行の態様や被告から逃れる経緯等の重要な部分に変遷があり、信用することができないと述べる。
原告が事件直後に友人等に話していた内容や大学関係者らに宛てた手紙中の被告の行為に関する記述の内容は、抽象的な表現や簡単な表現にとどまっているのに対し、原告作成の報告書及び原告本人尋問の結果の内容は、ある程度具体的詳細な内容のものであるということができる。そして、供述の変遷により供述内容の真実性が疑われるのは、詳細な内容の供述をしていながら、別な内容の詳細な供述に変遷しているときに、その変遷の理由に疑問が生じるからであり、抽象的簡単な内容のものと具体的詳細な内容のものとをいくら対比しても、供述の信用性にそれほど重大な影響を及ぼすとは考えられない。また、比較対象される両供述が詳細なものでなければ、見方の違いによってどのようにもいえるのであり(女性の場合には、第三者に対し、男女の間で実際にあったことをありのままに話せないこともあることを考慮する必要がある。)、供述の変遷があるか否かの判断も困難である。
したがって、供述の変遷という理由では、原告の供述をただちに信用できないとはいえない。
(三) しかし、強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動に関する原告の供述内容には、強制わいせつ行為の被害者のものとしては、通常でない点、不自然な点が多々存在する。
(1) 原告が主張するような暴力的な強制わいせつ行為があったならば、反射的に助けを求める声をあげたり、右行為から逃れるための何らかの抵抗があるのが通常であるのに、原告の供述内容では、原告は、ベッドに押し倒された後、両肩を押さえつけられるまでの間、声を上げることもせずに、被告のなすがままにされ、両肩を押さえつけられて、初め抵抗らしい抵抗を示したというのである。暴行、脅迫による恐怖、驚愕のあまり、声を出すこともできず、抵抗すらもできなかったということはありえないことではないけれども、原告と被告との関係、原告の年齢、原告の経歴を考えれば、原告が供述する右の対応は、強制わいせつ行為に対する対応としては、通常のものとはいえない。
さらに、原告の供述内容では、ベッドに押し倒されたときはびっくりしたと述べるものの、被告のなすがままになっていたことについて、手を伸ばして、被告の手をつかんで、やめさせようと思ったけれども、被告の手が汚らしく感じられて、手を引っ込めたというのである。強制わいせつ行為にあった被害者は、無我夢中で逃れようとするか、反射的に抵抗したりするのが通常であるし、また、畏怖心に終始してまったく抵抗できない場合も考えられる。ところが、原告が供述する右態度は、そのいずれにもあたらないものであって、強制わいせつ行為の被害者の態度には、およそそぐわない冷静な思考に基づく対応であり、不自然であることは否めない。
(2) 原告が主張するような行為があったならば、行為から逃れた被害者は、まず相手の退去を求めるとか、相手を非難する言動に出るのが通常であるのに、原告の供述内容では、原告は、右のような言動に出なかったというのであり、原告の右対応は、強制わいせつ行為の被害者の態度としては、通常のものでない。
また、原告の供述内容では、被告が口ごもっていたので、原告の方から被告の意向を察し、「つまり、だれにも言うなってことですか。」と言ったというのであるが、原告が供述する右言動は、冷静な思考に基づく対応であり、暴力的な強制わいせつ行為の被害にあった直後の被害者の態度にはそぐわないものであり、不自然である。
(3) 原告の供述内容によれば、原告は、被告から「これ、これある。」と両方の指で四角い形を作って言われて、被告の近傍のカウンター上にあったショルダーバッグのところまで歩いて行き、紙片を取り出し、小さく折り畳んであったので、広げて見せると、被告が違うとジェスチャーをしたので、また別の紙片を取り出して、これを被告に手渡したというのである。しかし、被告による暴力的な強制わいせつ行為からようやく逃れた直後に、自分から被告のそばに近寄り、ショルダーバッグから紙片を取り出して、二度にわたって差し出すというのは、およそ考え難い行為であり、原告が供述する右行為は、暴力的な強制わいせつ行為の被害にあった直後の被害者の態度として極めて不自然である。
(四) 以上によれば、原告の供述内容は、不自然不合理なものであって信用できないと断定することまではできないが、強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動についての供述内容には、通常でない点、不自然な点が多々あり、原告の主張するような強制わいせつ行為がなかったのではないかとの重大な疑念を生じさせるものであることは否定できない。
2 被告の供述内容について
被告の供述内容では、被告は、二晩にかけての話合いにより信頼関係ができたと感じ、感謝と励ましの気持ちを伝えるために、原告の両肩に両手をかけたというのであるが、被告の供述する右行為は、ホテルの一室における行為であることを考えると、時、場所、場合に応じた行為であるということはできず、常識を欠いた行為であるが、前記認定した当日朝に至るまでの経緯に照らせば、まったくありえないことではない。
被告が原告の部屋に入った行為についてみても、チェックアウト間際であったので、密室に入るという意識はほとんど持っていなかったとの被告の弁解は、それなりに理解できないわけではなく、原告も被告から「ちょっといい。」と言われただけで被告を部屋に招き入れているのであるから、被告が原告の部屋に入った行為だけから、被告がわいせつ行為をする意図を有していたと断定できるものではない(もっとも、仮に、被告がわいせつ行為をする意図を有していたとしても、原告が主張するような強制わいせつ行為を被告が行なったことにはならない。)。
また、被告の供述内容によれば、「予約金支払証」とは「宿泊確認書(お預かり証)」のことであると供述を変え、原告の部屋を訪れた時刻についても供述を変えていることが認められるが、前者は、預かり金がある場合に会計の際にフロントに提示するもの、後者は、チェックアウトの直前に原告の部屋を訪れたということでは一貫しているということができるうえ、紙片の名称や時刻は、正確な記憶がない方がむしろ通常であって、客観的な証拠が後になって出てくれば、これに沿って訂正されていくことは、何ら異とすることではないから、このことによって被告の供述の信用性を云々することはできない。
3 原告及び被告の各供述自体の一般的な特徴や傾向は、以上のとおりであって、被告の供述よりも原告の供述の方が不自然な点がより多く見受けられるけれども、一般的に、供述証拠は、その供述者が体験した事象についての認識の程度、記銘力の強弱、記憶の劣化、混乱、欠落、勘違い等のほか、その事実を正直に供述することを不都合とする事情の存在によって、供述部分毎にその信用性に差異がある場合もあるから、単に供述全体の優劣だけで直ちにその全体を推し量るのは相当でない。
したがって、このような相対立する右各供述の信用性を検討するにあたっては、供述自体の一般的な特徴や傾向にだけ頼るのではなく、他の客観的な証拠や状況をも検討し、経験則に照らしての合理性を考えていくべきである。
五 そこで、本件事件の前後の事情から、本件強制わいせつ行為の存否について検討する。
1 雑誌「KEN」に掲載された、原告と被告との電話での会話を録音したテープを反訳した本件録音反訳の内容は、原告が強制わいせつ行為の態様を具体的に主張する以前の、事実を知っている者同士の直接のやりとりであるだけに、これが正確に反訳されたものであるならば、強制わいせつの存否を判断するうえでの重要な資料となるものである。そして、テープの録音反訳という性質からみて実際の会話内容とそれほど隔った反訳はされていないと一応は考えられるうえ、右雑誌の記事内容は、どちらかと言えば原告の側の立場に立つものであるから、原告に有利な反訳がされていることはあっても、少なくとも原告に不利な反訳はされていないものと考えられる。
そこで、本件録音反訳の内容を検討してみると、強制わいせつ行為の態様自体に触れた部分はないが、前記認定の原告と被告間の会話内容をみても、また全体を通してみても、原告が主張するような強制わいせつ行為があったならば、問題とはなり得ないはずの被告の行為の主観的意図、動機が、原告と被告間で議論されているのであり、したがって、原告と被告間の会話内容は、原告が主張するような強制わいせつ行為があったことを前提としてのやりとりとしては考えにくく、むしろ、被告がホテルの一室で原告の両肩に手を置いた行為を前提にして、その主観的意図、動機についてのやりとりと認められる。
原告は、録音テープにはセックスという言葉の入った生々しい内容が録音されていると供述するが、原告から、被告の強制わいせつ行為を裏付ける証拠として右録音テープが提出されていないのであるから、録音テープには本件録音反訳した内容を越えて原告の主張を裏付けるような内容は録音されていなかったとみるよりほかない。
したがって、雑誌「KEN」に掲載された本件録音反訳は、原告が供述するような強制わいせつ行為がなかったことを裏付けるとともに、原告の両肩に両手をかける行為しかなかったとの被告の供述を裏付けるに十分な客観的な証拠である。
2 さらに、本件事件の前後の事情から、強制わいせつ行為の存否を考えてみると、前記三で認定した事実によれば、被告には、学会まで原告に性的関心を抱いていたことをうかがわせるような言動はなく、かえって、原告と被告との関係は、私事にわたる会話はもちろんのこと、仕事上でも最小限の会話しか交わさない関係であったこと、被告の研究チームに属していた原告に性的関係を迫ろうとするのであれば、会話で誘うなりして、その合意を求めることから始めるのが通常であるのに、被告が最初から相手方が当然拒むであろう暴力的な行為に及んだというのは、唐突の感を免れないこと、被告と原告と二人で、飲酒しながらホテルの被告の部屋で夜遅くまで話し込んだ九月一日と翌二日の二日間には何ごともなく、被告からの原告に対する性的関心を示すような言動もなかったのに、翌三日の朝のチェックアウト前の慌ただしい時間帯に、しかも午前八時にフロント前で戊田と待合せしている状況下で強制わいせつ行為に及ぶというのは考えにくいこと、原告が供述するような強制わいせつ行為が計画的に行なわれたとすれば、被告は、戊田に対し、出発時間として午前八時という差し迫った時間を指定しないであろうこと、原告は、被告が部屋を出た後、約束の時間にフロントに行って被告と合流し、その後、一緒に朝食をとって学会に参加し、会場付近で被告と一緒に写真におさまり、昼食を共にするなど、その後の行動を共にしているのであり、原告が被告から同じ寝台特急列車の寝台券を手渡されながら、被告らに寝台車で同行することを嫌い、別行動をとったことと対比して、本件事件後の原告の右のような行動は、強制わいせつ行為の被害者の行動としては、不自然であること、本件事件の後、原告は、友人に対し、「乙山先生に変なことをされかけた」「乙山先生に体を触れられて変なことをされた」「ちゃんと逃げた」程度のことしか話していないこと、他方、被告は、九月末の時点で、原告の就職の依頼先に対し、励ましの気持ちで肩に手をかけたら誤解されて、研究所をやめて他に就職したいと要求されていると述べて、原告の就職を依頼した事情を説明していること等の諸事情が認められる。
右諸事情の一つ一つをとり上げるならば、それなりの説明をすることができ、これだけでは強制わいせつ行為がなかったとはいえないとの反論が可能であるが、右にみたように、強制わいせつ行為を否定する方向での諸事情が数多く存在するのであって、これらの諸事情を総合すれば、被告の原告に対する強制わいせつ行為があったと認めることは困難である。
本件事件後、原告の勤務態度に変化があったこと、被告が横浜での行為を弁明した際に、原告が「まるで近親相姦じゃないですか」(原告は、この言葉について、あってはならない行為という意味で述べたと説明している。)と反論していること、被告が、一緒に仕事ができないと言う原告のために就職活動をしたことは、前記認定したとおりであるが、ホテルの一室での被告の行為が原告の両肩に両手をかけた行為であっても、原告がこれをわいせつ目的によるものと認識していれば、右のような被告を非難する原告の態度、言動はありうることであり、また、被告が、その責任上、原告のために就職活動を行なうことも何ら異なことではないから、右の諸事情は、なにも原告が主張するようなわいせつ行為があったことを前提としなければ説明がつかない行為であるとはいえない。
また、被告が横浜での行為を弁解した際の「仕事をさせるだけのロボットじゃなく、人間として認めてあげたいと思った。人間としても、女性としても、非常に魅力的であることを伝えたかった。」との被告の発言も、原告の両肩に両手をかけた行為を前提として、その説明又は弁明をしているとみることができるのであって(「女性としても魅力的である」との部分だけでみれば、性的意味合いの言葉と理解できないだけではないが、発言の一部だけで全体を推し量るのは相当でなく、全体の文脈からみれば、性的な意味合いのものと理解することはできない。)、右発言も、原告が主張するような強制わいせつ行為があったことを前提としなければ理解できない発言であるとまではいえない。
六 以上のとおり、雑誌「KEN」に掲載された、原告と被告との電話による会話内容は、原告が主張するような強制わいせつ行為があったことを前提としてのやりとりとは考えにくく、むしろ、被告がホテルの一室で原告の両肩に手を置いた行為を前提にして、その主観的意図、動機についてのやりとりとみることができること、本件事件の前後の事情には、強制わいせつ行為を否定する方向での諸事情が数多く存在すること、強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動に関する原告の供述内容には、強制わいせつ行為の被害者の言動としては、通常でない点、不自然な点が多々存在することからすれば、ホテルの一室で強制わいせつ行為があったとする原告の供述よりも、これを否定する被告の供述の方が信用性において勝るというべきであり、これによれば、被告は、ホテルの一室で原告の両肩に両手をかける行為をしたにすぎないと認めるのが相当である。
そうすると、被告の原告に対する刑法一七六条に該当するような強制わいせつ行為はなかったものと認めるのが相当である。
もっとも、被告がホテルの一室で原告の肩に両手をかける行為をしたことは、被告の主観的意図、動機がどのようなものであっても、原告の人格的尊厳を傷つける行為であって、社会的に許容される行為であるということはできないが、本件事件後の事実経過、特に、原告が被告による強制わいせつ行為を主張してきながら、これが認められなかったとの事情を考慮すると、被告が原告の両肩に両手をかけた行為は、損害賠償金をもって慰謝する程度には違法性がないというべきである。
以上によれば、原告の本訴請求は理由がない。
第二 反訴について
一 原告が主張するような被告による強制わいせつ行為はなく、実際の被告の行為は、原告の両肩に両手をかけた行為であることは、前記第一で判示したとおりである。
二 そこで、原告による名誉侵害行為があったか否かについて判断する。
1 原告が、平成五年一〇月二一日、被告による強制わいせつ行為を内容とする手紙を作成し、大学関係者ら合計六名に発送し、右手紙が右六名全員に到達したことは、当事者間に争いがなく、右手紙の内容に照らせば、原告の右行為によって、被告の名誉が侵害され、被告が精神的苦痛を受けたものと推認することができる。
もっとも、原告が、原告の両肩に手を置いた行為をもってわいせつ目的によるものと判断し、大学側の措置を求めたというのであれば、これ自体を正当な権利行使であり、その際に、被害感情の強さのあまり、多少とも誇張にわたる表現があったとしても、これをもって違法な行為ということはできない。しかしながら、右の手紙の内容は、被告が暴力的に抱きついたという強制わいせつ行為であって、実際の肩に手をかけた行為とは法的にも社会的にみてもその評価が大きく異なる行為を内容とするものであり、しかも、原告は、手紙の内容の強制わいせつ行為がなかったことを知りながら、手紙を送付したものであるから、原告が前記内容の手紙を送付したことをもって、正当な権利行使ということはできない。
なお、原告の手紙を送付した相手方が大学関係者に限定されていたため、不特定多数の者が認識しうる状況にあったかについて疑問がなくはないが、原告による手紙の送付行為によって、少なくとも、被告の名誉感情が著しく侵害されたことは明らかであるから、いずれにしても原告の右行為が違法であるとの評価は免れない。
2 原告が、被告の強制わいせつ行為を内容とする訴状を秋田地方裁判所民事第一部に提出し、平成六年二月一日の第一回口頭弁論期日において右訴状が陳述されたこと、右同日、右と同様の記載をした告訴状を秋田地方検察庁に提出し、強制わいせつ罪で被告を告訴したことは、当事者間に争いがない。
そして、訴状陳述が実際の訴訟手続では形式的に行なわれることが多く、また、告訴の内容が他に広く流布されるようなものでないとしても、訴状及び告訴状の内容は被告の原告に対する強制わいせつ行為を内容とするものであるから、原告の右各行為によって、被告の名誉感情が著しく侵害されたことは明らかである。
もっとも、裁判所に訴えを提起したり、捜査機関に対し犯罪事実を申告し、訴追を求めること自体は、正当な権利行使であるから、不法行為の成否を判断するにあたっては、いやしくも裁判制度、あるいは告訴制度の利用を不当に制限する結果とならないように慎重な配慮を要するが、原告は、本件事件の当事者として、被告の原告に対する強制わいせつ行為がなかったことを知りながら、本件訴えを提起し、告訴したものであるから、著しく相当性を欠いたものであって、正当な権利行使とはいえない。
3 《証拠略》によれば、原告は、雑誌「KEN」の記者の取材に応じ、被告が原告に対し強制わいせつ行為を行なったと述べたことが認められ、また、原告が、雑誌「KEN」の記者に対し、被告を債権者、原告を債務者とする文書配付禁止等仮処分申立事件の裁判記録、原告と被告との電話での会話を録音したテープ等の資料を提供したことは当事者間に争いがない。
そして、雑誌「KEN」は、平成五年一二月号(同年一二月一日発行)の三二頁ないし四〇頁において「女性研究員に強制猥褻と騒がれた県立丁原大乙山教授の長い憂鬱」「学会出張の朝」「セクハラ教授を辞めさせて!」「横浜のホテルで襲う」との見出しを掲げ、また「ことしの九月、学会出席のため横浜へ出張した教授が、同行した女性研究員(中略)をホテルの一室で襲ったというのだった。教授のセクハラ事件である。それも、早朝の事件。」という前文、及び「いきなり暴力的に」「都合の悪い話するな」という小見出しを掲げ、本文で原告の主張内容を掲載し、さらに、同月号四六頁ないし五三頁において、「乙山センセイの長ーい憂鬱」「計画的だった横浜の夜と朝」「ふた晩がかりのエッチ伏線」との大見出しを掲げたことは、当事者間に争いがなく、その内容自体からみて、右記事内容が、原告から提供された情報及び資料に基づくものであることが認められる。
右記事内容は、本件録音反訳を掲載した部分を含むが、その見出しとその記事内容全体をみれば、これを読む一般読者に対し、被告の原告に対する強制わいせつ行為が事実であるとの印象を抱かせ、被告の社会的評価を低下させる内容のものであると認められ、また、雑誌「KEN」は、丙川県内の本屋、コンビニエンスストア等の店頭において広く販売されているものであるから、右記事により被告の社会的信用が著しく毀損されたものと推認することができる。
そして、原告が取材に応じて述べた内容、提供した資料の内容に照らせば、原告は、雑誌「KEN」に対し、被告が原告に強制わいせつ行為をしたとの虚偽の情報を提供すれば、それに基づいて同雑誌に右のような記事が掲載され、その結果、被告の社会的評価が著しく低下させられることを認識するか、少なくとも容易に予想しえたというべきであるから、原告には、故意又は少なくとも重大な過失があったことが認められる。
4 以上によれば、右1ないし3の行為は、被告の名誉を侵害するものとして、いずれも不法行為にあたる。
三 損害
1 慰謝料 五〇万円
原告の前記二の1及び2の各行為により、被告の名誉感情が著しく侵害され、また、原告の前記二の3の行為により、被告の大学教授としての社会的信用が著しく毀損されたことは、これまで判示したとおりである。
他方で、その主観的意図、動機はともかくとして、ホテルの一室で女性の肩に手をかけるという常識を欠いた被告の行為が原告の不法行為を招いているのであって、被告側にも落度があること、原告の本訴請求が棄却されることによって、被告の名誉はかなりの部分が回復されると考えられること等の諸事情が認められる。
その他諸般の事情を総合考慮すれば、被告の慰謝料は五〇万円と認めるのが相当である。
2 弁護士費用 一〇万円
第三 結論
本訴原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、反訴原告の反訴請求は、反訴被告に対し、金六〇万円及びこれに対する平成八年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条、仮執行宣言について民訴法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂本宗一)